●都教委の横暴

2003年7月2日 都議会第2回定例会 一般質問
◯七十五番(土屋たかゆき君)
初めに、性教育について伺います。
 最近の性教育は、口に出す、文字に書くことがはばかられるほど、内容が先鋭化し、世間の常識とはかけ離れたものとなっています。
   略
 国歌斉唱時に、内心の自由があるからと事前に説明する必要はないと思いますが、都教委の見解を伺いたい。また、今後こうした行為に関してどのように対応するのでしょうか。
 また、国歌斉唱時に起立もしない教職員がいまだに存在することについて、見解を求めます。
 今後、都教委は、国旗・国歌の適正実施に向けて、各学校や各教育委員会をどのように指導していくのか、また、教職員をどのように指導していくのか。私は、式典運営指針などを制定すべきと考えますが、具体的に方策をお答えください。
 以上のような教育の現状について、心の東京革命を推進する石原知事のご見解を伺います。
◯知事(石原慎太郎君) 土屋たかゆき議員の一般質問にお答えいたします。
 挙げられた事例どれを見ても、あきれ果てるような事態が堆積しているわけでありまして、すべての先生がそうとは申しませんが、しかし、そういう異常な何か信念を持って、異常な指導をする先生というのは、どこかで大きな勘違いをしているんじゃないかと思うんです
 それを是正するのが教育委員会でありまして、教科書の問題についても、東京都はようやくそういう的確な指導をしまして、各区市町村の教育委員会が教科書の選択についてはアクティブに動くようになりましたが、やっぱりそういった幾つか、非常に多岐にわたるとんでもない事例があるわけでありまして、それをまた情報としてキャッチし切れないうらみもございますが、やっぱり土屋さんのようなご指摘があちこちからされるということで、教育委員会も現状を認識し、かつまた教育委員会対教師の問題だけではなくて、やはりそこに父兄を組み込ませることで、私はやはり混乱した教育というものを、親の責任を踏まえて、子どもたちのために親もまた踏み込むこと、コミットすることで是正していけるのではないか。その強力な仲介役として、私は、教育委員会が今以上にアクティブに活躍していくことを期待しております。

☆どっちが勘違いしているのだろうか

2000年7月5日 第2回定例会(第8号) 本文
◯七十九番(曽根はじめ君)
日の丸・君が代問題をきっかけに、国立市の学校現場で不当な介入や圧力が加えられている問題について伺います。
◯知事(石原慎太郎君)
国立の問題でありますけれども、いかにも教育の場にふさわしからぬグロテスクな出来事が起こったわけで、卒業証書授与式に絡む行事において国旗を掲揚し、国歌を斉唱することは、私は当然のことと思います。公立学校の教育は、法に基づき、あくまでも中立公正に行われるべきと思います。

☆これが東京都の日の丸君が代強制の発端となった石原知事の発言である
2005年4月8日(金) 定例記者会見

【記者】3月28日にNHKが放映した「クローズアップ現代」について、都の教育委員会が遺憾の意を申し入れましたが、その番組の内容、あるいは都教委の対応について、知事のお考えをお聞かせください。

【知事】僕はたまたまあれ見たんですがね、処分という言葉のね、法的な意味合いというのは幅が広いんですがね、あれを処分という形でくくるとね、やっぱり視聴者、見る人のほとんどは、みんな素人というか、そういうことに余り関心がないというか、疎い人でしょうから、処分というね、あの説明の中の処分という形で出ますとね、首にしたという感じになっちゃうんだよね。

 これはね、全然違うんでね、訓告、戒告、それを繰り返してですね、言っても、注意しても聞かない人には、何も先生に限らず一般の企業でも、どうでしょうね、給料を少し減らすとかね、それでも聞かなければね、半分にするとかね。まあ、処分ったって、首にするというのは大分先のことなんで、そういう誤解をですね、受けやすい説明になってたな。
☆実際、都教委は停職や免職にしているではないか!

2005年3月11日 都議会予算特別委員会
◯曽根委員
今度は、個別職務命令で、生徒に国旗・国歌をきちんと指導しないと職務命令違反になって、今度は指導だけじゃなくて、処分が来るというふうに、どんどんどんどんエスカレートしているじゃないですか。この内心の自由を、まさに生徒の内心の自由を踏みにじるという無法がまかり通るようになってしまうんですよ、このままでは。
   略
 しかも、知事も、昨年十一月八日のテレビ朝日の「報道ステーション」で、先生は少なくとも指導するの、強制じゃないよ、そういう指導をしてくださいっていう通達をしているわけだからと指導の必要性をいった上で、生徒がそれに従うか従わないかは別だと、生徒が座っているのは勝手ですよと見解を述べています。そうですよね、知事。
 子どもたちの心の中まで踏み込んでとやかくいうことは、何人も行ってはならないということですよね。知事、これは確認してください。

◯石原知事 しかし、国歌斉唱のときに座っている生徒を立たして国歌を歌わせるというのは、やっぱり教員としての大事な指導だと私は思います。

◯曽根委員 私が確認したいのは、生徒が座っているのは勝手ですよと。先生が説得しても、最終的に生徒がそこで座って、歌いませんといったときには、それは生徒の最終的な、その生徒自身の内心の自由ですから、これは侵せませんよね。勝手ですよね、これは。つまり、自由ですよ。どうですか。

◯石原知事 しかし、教育の過程で、その生徒の、要するに、それは内心による選択であろうと、やっぱりそれを立たしめる、立たせて歌わせるということで、彼は新しく得ているものがあるでしょう。それを指導するのがやっぱり教員の責任じゃないですか。

◯曽根委員 やっぱり本音が出たといわざるを得ませんよ。

☆立たせる、口を開かせる、心をこめて歌わせる。
 これが石原都知事の教育の本質だ。


2006年4月21日(金) 定例記者会見
15:10〜15:43
【記者】4月の13日に、東京都の教育委員会が、都立学校の校長に対して、職員会議での拒否とか採決をするのは不適切だという通知を出したんですけれども、これに関して、学校の自由な雰囲気とかを損なうとか、そこまで細かい通知を出す必要があるのかというおそれもあるんですけれども、この通知について、知事ご自身の評価というか、お考えをお聞かせいただければ。

【知事】職員会議はね、何を議論し、何について職員会議としての意思を決定するかということは、案件によるでしょうね。ただ、僕はね、国会の採決じゃないんだからね、限られた先生たちが、まあ、それはものの考え方の違いもあるだろうけど、子供たちをとにかく健全に育てる教育者としての使命というものにアイデンティティー(帰属意識)があるわけだろうからね、それが多数決によって決められざるを得ないというのも、私は残念な気がしますな。だから、そこまで持っていかざるを得ない、いわゆる職員会議の議長というのは校長先生がするんですか、その人の裁量の問題もあるだろうけども、まあ、場が場だけに、私やっぱり、同じ使命感を持った先生方が話し合いで物事を決めて、進めていくということが必要じゃないかと思いますけども。

【記者】そういう観点からすると、今回の通知は好ましくないということですか。

【知事】しかし、それはね、私は教育委員じゃないのであれなんだけど、いろいろ具体的な細かな事例を聞けばですね、そうせざるを得ないような場合もあるんじゃないのかしら。

☆有言実行。今後は都知事の独断でなく、話し合いで都政を進めていただきたいものである。

2006年9月26日(火)都議会第3回定例会(第12号)
百四番 曽根はじめ君
司法が、通達と職務命令に基づく処分について違憲、違法と断じ、いかなる処分もしてはならないと判決を下しているのです。たとえ知事や都教委が異なる意見を持っているとしても、その重みをかみしめ、少なくとも強制と処分を中止し、再検討すべきではありませんか。見解を求めます。

○知事(石原慎太郎君)
 東京地裁の判決についてでありますが、判決は不当なものであり、控訴することは当然であります。あの判決に喜んでいるのは、多分共産党と、今やかなりたそがれてきた日教組の残党と、それから当の裁判官くらいなものじゃありませんでしょうか。これは控訴によって日本人の総意というものが反映されると私は信じております。

☆唯我独尊を象徴する発言。「裸の王様」になり「民の声」が聞こえなくなると、と自分に抗う声はすべて敵の声に聞こえてしまうようだ。

2006年9月22日(金) 定例記者会見
15:07〜15:27

【記者】先ほどちょっと触れられましたけれども、日の丸・君が代の強要の違憲判決について控訴されるということでしたが…。

【知事】当然でしょうね。あの裁判官は、東京の中学校、特に都立高校の実態というのを見ているのかねえ。現場をやっぱり裁判官は行って見てみた方がいいよ。

 それはね、全部が全部って言いませんよ。しかし、私は、あるスタンダード、「これがスタンダードだ、要するにごく平均的なレベルだ」っていう高校を分からない形で2回見ましたがね。他にやっぱり非常にトップの学校も行きましたよ。だけど、決してそこは暴力教室的じゃないけどね、しかし、もう乱れに乱れていて、やっぱり先生の言うことを全然聞かない。授業を受けているのは、前列の2列か3列ぐらいの人だけだ。あとはガヤガヤ弁当を食ったり勝手なことをしてたよ。

 ただ、そういうものの規律っていうのを取り戻すため、ある種の一つの統一行動ってのは必要でしょう。その1つが、私は式典に応じての国歌に対する敬意、国旗に対するそういったものだと思うんだ。何もそれが全てだと言いませんよ。だけど、それも一つの手だてであって、だからこそ、法律で「これが国歌だ、国旗だ」というのを決めて、その後、文部省(当時)が指導要領ってのを出した訳でしょう(※)。

※平成元年の高等学校学習指導要領改訂で国旗・国歌の取扱いが現行のものとなった。平成11年、「国旗及び国歌に関する法律」が公布された。
 それで、その指導要領に乗って通達をした訳ですよ。指導要領で「こういうことをしなさい」と。要するに、国歌、国旗に対しての正当な取り扱い、ちょっと小さな文言は忘れたけど、それで言われている限り、それは学校の先生の責で、義務が生じる訳です、教師としての。教師っていうのは、やっぱり子供に範を垂れる、生徒に範を垂れるんだから。俺はこの教科書、気に入らない、この教科書は使わないってことじゃ済まない訳ですよ。教科書にもいろいろあるだろうけどね。何もつくる会の教科書だけじゃなくて。

 私はやっぱり、だから今度その通達に従って、指導要領で要求されていることを先生が教師の義務として行わない限り、それは義務を怠ったことになるから。やっぱりね。何もいきなりクビにする訳じゃないけども、懲戒というんですかね、注意を受ける、処分を受けるって当たり前じゃないですか。と私は思います。

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