●ジェンダーフリー

2004年6月1日 都議会第2回定例会 知事所信表明

 最近、教育の現場をはじめ様々な場面で、男女の違いを無理矢理無視しようとするジェンダーフリー論が跋扈しております。
 男らしさ、女らしさを差別につながるものとして否定したり、ひな祭りや鯉のぼりといった伝統文化までも拒否するなど、極端でグロテスクな主張が見受けられます。
 男と女という二つの性が存在することは、人間社会の基本原理であり、これを無視することは、自然の摂理と人類の文化を真っ向から否定することに他なりません。男と女は同等であっても同質ではあり得ません。男女の区別なくして、人としての規範はもとより、家庭、社会も成り立ち得ないことは自明の理であります。
 すでに全国各地で反対の動きが始まっております。四都県知事懇談会においても先月、ジェンダーフリーについて意見を交わし、全員一致で反対していくことを確認いたしました。人としてごく当たり前の感覚を共有する多くの国民と共に、この問題に対峙してまいります。

2004年6月8日 都議会第2回定例会(第8号)
◯百十二番(古賀俊昭君)
 次に、男女の性差を否定するジェンダーフリーに関する男女混合名簿についてでありますが、さきに、石原知事は所信表明の中で、ジェンダーフリーを極端でグロテスクな主張と一刀両断、見事にこの思想の本質をつきました。
   略
 こうしたジェンダーフリー思想が背景にある男女混合名簿を学校教育の中で導入を進めている現状は、極めて問題があると思います。是正すべきです。石原知事の真意と都教委の見解を伺います。

◯知事(石原慎太郎君)
いわゆるジェンダーフリーもいろいろ解釈があるでしょうけれども、ジェンダーフリーというのは、これは怪しげな英語でありまして、こんなものは外国にないわけですが、いずれにしろ、ジェンダーフリーというのは、私は基本的に男女の同格の実現だと思いますけど、決してこれは同質の実現ではない。
 男と女がある限り、男と女が同質であるわけはありませんで、例えば、いわゆるジェンダーフリーと称している怪しげな性教育の教育の中で、例えば思春期、中学生、高校生という育ち盛りの子どもたちのスポーツのための更衣室を一緒にする。男性が女性の裸をそこで見て性的な興奮を覚えるということは、これは教育が間違っているから、それをなくする。なくなるわけがない、これは、なくなったら人類破滅しますよ。子どもいなくなっちゃいますよ。
 こういうばかな、要するに試み、信念というものが、もしクラスにおける名簿の男女混合名簿というものを起点にして行われるなら、これはやはりこの問題も深刻にとらえて考え直す必要があるんではないかという気がいたします。

☆「怪しげな英語」は、むしろ知事の得意技で、定例記者会見の編集をなさっている知事本局政策担当の職員が翻訳に苦心されているようだが・・・


2006年1月27日(金) 
【記者】もう1つ追加でお聞きしたいんですが、ジェンダー・フリーという考え方についての知事のお考えをお聞かせください。

【知事】さあ、この言葉そのものがいい加減あいまいな言葉だしね。これにかまけてやっている性教育なるものの教育方針というのは全く違うし、グロテスクだし、私は反対ですね。あんなものは認められないね。恐らく日本人全体に審判させたら、99%がそっぽ向くと思うよ。

【記者】しかし、研究者たちは、そのジェンダー・フリーと性教育というのは、その考えは、本来はそういう考えではないと主張していますが、それについてはどうですか。

【知事】それはだから、ディテール(詳細)のこと、あなた方が検証しなさいよ。私がそんなのいちいち聞き覚えしているわけじゃないんだから。だからね、ジェンダー・フリー、男と女の性というものの格差を埋めていくというのは結構ですよ。

 しかしですね、彼らが具体的に提唱している幾つかの事案に関しては、とても常識でいって許容できないものがたくさんあるから。そういう例外的な事例がね、あまり露骨にメディアに持ち上げられて出てくると、ジェンダー・フリーのある正当性を持ったムーブメント(動き、流れ)でもね、私は非常に誤解を受けると思いますよ。

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