| ウォッチャーズ通信 No.6 | 発行:1999年9月5日 ウォッチャーズ事務局 編集責任:中山 |
9月になり、うるさかった蝉の声が何時の間にか遠のいています。厳しかった夏の疲れのでる時期となってきました。皆様いかがお過ごしですか?
4月に区長候補者アンケートを送付しまして、その後の活動をお伝えできませんでした。編集担当者としての責任であると、反省しております。1999年後半へ向けて多くの情報をお届けできるよう、頑張っていきたいと思っております。
活動報告
| 4月10日 | 区長候補者アンケート発送 |
| 4月18日 | ウォッチャーズ会合 |
| 5月10日 | 第11回弁論期日 |
| 5月20日 | 鈴木さんの行っていた異議申立てについての答申あり |
| 7月31日、8月1日 | 市民オンブズマン全国大会(横浜市) |
| 8月8日 | ウォッチャーズ事務局会議 |
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サラリーマンが立候補を考えるとき
(リストラの不安に怯えつつ立候補したサラリーマンのドタバタ記)
私が政治および政治家に漠然と興味を持ち始めたのは、10年ぐらい前からでしょうか?
今はなくなりましたが、日曜政治対談の番組を時々見始めたころでした。最近では、フジTVの日曜、朝の竹村健一の政治番組(報道2001)を大変、楽しく見させていただいていますが、私の政治に対する興味というものはそれぐらいのレベルです。
サラリーマン生活を続けて社長の椅子をめざすほどの野心があるわけでなく、家族が普通(?)に暮らしていけるだけのそこそこの収入がはいり、老後のことも考え、地域のコミュニティの役にたつボランティアを続けていかれればいいかなと思っていました。
その地域への貢献の1つとして政治家という職業もあるな、と漫然と考えていたぐらいでした。
ところが、バブル崩壊以後、リストラ=首切りの社会になってきて、私のような専門職上がりの管理職の立場も非常に危うくなってきはじめたのです。
実際、数年前からは、肩書きだけは管理職ですが、実体は実務作業をやるようになってきたのです。ただ、こと実務に関しては、もう部下の方が優秀です。
こんな状態では、いつリストラされてもおかしくはありませんし、自分自身としても、あまり居心地のいいものではありません。
一方、3年前からこれも漠然と、これからの社会に役に立ち、将来、ボランティアでありながら、ある程度の収入が得られる方法として、町のホームページ作成および運営、またそれらホームページ作成を支援する活動を地域で行ってきました。
ところがボランティア兼趣味として行っていますので、「ホームページを作成しましたから、お金をください」とも言いにくく、こういったボランティアでお金をいただく難しさを感じていました。
さて、そんなおりホームページ支援を行っていた団体の例会に参加しているとき、議員さんにインタビューする話がもちあがりました。
そこで私としては、町の議員さん達に直接インタビューすることにしたのです。
それまで議員というのは、特別の人たち、という印象が強かったのですが、議員さんと言えども、家庭の主婦や町の肉屋のおじさん、布団屋のおやじさん、獣医さんそして保険会社のサラリーマンと、ごく普通の人たちだった、ということがだんだんわかってきたのです。
その印象をもったのは、最初にインタビューした某大政党の議員さんです。インタビューの直前、事務所のベッドに横たわって寝入っているxx議員を見て、悪いなーと思い、遠慮がちにドアをたたいて、選挙の公約などの話を聞いたのですが、「あー、この人は自分ではあまり考えず、xx党のいいなり、で適当に地元向けに仕事をやる、言ってみれば、xx党という大会社のサラリーマン議員だな」と思いました。
(ただ、そういう生き方もある、とは思いますが..)
でもやはり決定的だったのは、生活者ネットワークの議員(代理人)の主婦の方でした。彼女は、現役、主婦の人ですが、しっかりした意見をお持ちでした。
ただ、主婦ですから「それなら、まだ現役サラリーマンの私の方がまし(?)だぞ」という、変な優越感が出てきたのです。「彼女らが生活者の主婦の視点なら、私はサラリーマンの視点で、こっちが生活の大黒柱なんだから」と考え、この立場の方が有利(?)な気がしたのでした。(すいません。当時、感じたことをそのまま書いてしまい、生活者ネットワークの方々には非常に失礼なことを考えたことをお許しください)
そして、「議員の職業って、何も特別の人たちのものじゃないな。みんながどういうことを求めているかを知って、理解し、その方向にもっていってあげるように行動していけば、いいんだから。」
また、「企画・提案型で、時代の先取りをしていくやり方もあるだろうし。」
とも思うようになったのです。
今もそうですが、当時も町のホームページを全域に広げていきたい、と考えていましたし、この運動は絶対にみんなの役に立つのだ、という思いも強くありました。その意味で、私の中には、「ボランティアでやっていたのを公的な新しい職場に移ってやる」という気持ちだったのです。
ただ、議員になれるかもしれない、と考えると、何か、まったく新しい生活が体験できるって感じで、ワクワクしはじめたのも確かです。
そんな気分になるのも久し振りで、何か新天地を目指すパイオニアの気分、もっと単純には小学校の頃の「遠足に行く前夜の気分」って、とこだったでしょうか。
またその会の関係者も立候補する、というのを聞いたことも、ひとつのきっかけでした。
さて、ある程度、決意は固まったのですが、あと最大の問題はどのように女房に切り出し、納得してもらうか、でした。
以前、それとなく話したらいきなり離婚だと言われ、2度とそんなことは口に出さないようにときつく言われたことがあったからです。
ただ、立候補予定の申請だけはしておいて、いつでも立候補できるようにしておきました。(この申請はだいたい選挙の3ヶ月ぐらい前にするようになっています。手続き的には簡単で、また、その説明会のときにいろんな資料や本、また実際に立候補する時の申請用紙もいただけます。もちろん全て無料です。)
後は、いつ女房にまた切り出すかが、最大の障害でした。
今もそうですが、私は政治の世界に関する知識は一般のサラリーマンレベルか、それ以下だと思っています。
ただ、女房とか、義理のお母さんは、以前、他の町に住んでいたとき、知り合いに議員さんがいて、その人たちの生活の苦労というのを知っており、地元のいろんな世話役をやったり、葬式、婚礼などでも顔出し、近所の挨拶まわりだけでも奥さんが苦労していた、ということを、特に女房は強調していましたから。
また、政治の世界はお金がかかるらしいのですが、その議員はそれでも不自由なくやっていかれるほどの資産家なのだそうです。
(もちろんこの議員は某大政党に所属する議員で、今回の選挙でも1000万円は使った、という話を聞いていたそうです。
ちなみに法定で定められた選挙費用は600万円までです。)
かように「議員さんっていうのは、特別な人」という意識が女房達には強いのでした。
さて、女房に告白(?)する日は向こうからやってきました。
選挙公示日(立候補届出日で選挙運動開始日)のあれは3週間前ぐらいでしょうか。
マスコミには公開しない、と立候補予定の申請用紙には書いたのですが、マスコミや市民団体から「議員に立候補予定の方々へ」ということでいろいろなアンケートなどが郵便で届くのです。
だいたいが外から見ただけでは、わからないような封書でくるので、「選挙で応援している人の関連できてるんだろう」と、適当にごまかしていたのですが日頃から私の挙動不審も目立っていたのでしょう、その封筒の1つが帰宅したら、食卓の上にあけられていたのです。
そこで、私が帰宅するなり、女房は下に住んでいるお母さんのところに行き(私はマスオさん状態で、2世帯住宅の2階に住んでいます)、泣きわめきましたが、結局、調停役のお母さんの言葉に渋々、認めてくれ(?)、離婚にまではいたりませんでした。(ほっ..)
お母さんとしては、もう供託金も納めて、ポスターも作ったようだから仕方ない、ただし、会社の仕事に迷惑をかけず、リストラの理由にされないようにして、何がなんでも家族の今の生活を維持していき、また、こんなことは今回限りとしてください、と約束させられてしまったのです。
会社には投票日前、3日間だけ、私用の有給休暇をとっていました。
そして公示日あくる日の4/19(月)から2日間は無断欠勤し、まるまる1週間の選挙期間中は会社を休むつもりでしたが、家族との約束と仕事の都合上、それは無理となりました。
ただ、その日以来、選挙運動らしいことを公然とやることが、できるようになりました。
ホームページの団体名を、政治団体として登録してありましたので、その活動のビラをワープロで作り、土、日、近所へ配りました。
ただ、このビラ配りは体の運動にはなったのですが、効率的でないことがわかり、その後は新聞の折り込み広告にいれてもらうことにしました。
(配達代1部3円30銭:5000部ほどで1万6500円、ビラの印刷代は2000部で1万5000円ほど)
以前から頭痛の種だったポスター貼りは、一部、会の協力者に頼りましたが、結局、大部分はバイトを募集して、その人に4万円ほどで頼みました。
また、選挙の説明会で公費負担してくれることがわかっていたので、運転手もバイトでお願いし、選挙期間中で私が働いている間は、私の選挙カーでポスター貼りもやってもらいました。
ただ、家族の総スカンをくったのは、私の選挙公報でした。
町のホームページの宣伝が中心で、「あなたって、みんなが書いてるような政策がないじゃない」とか、「みんなプロフィールを書いてあるのに、それも書いてないから、これだと履歴がばれるとまずい、オームの信者みたいな人かもしれないし」、あげくは、「私でもこんな人には絶対いれないわ」と女房殿の言うことはきびしい!
でも、私自身も他の人のを見てると、以前の選挙公報なんかを参考に作っておけばよかったなと反省することしきりでした。
ところで選挙運動をやっていて、妙なことに気づいたのは、夜、6時頃になると大政党の候補者の人は帰り支度をしはじめ、7時ぐらいにはいなくなることでした。
そういえば、みなさん、近所の迷惑を考えてか、夜8時までやらず、7時ぐらいでやめるようで、一種の暗黙の了解があるのかなと思いました。
(それともあくせくしていると見られるのが嫌だという、見栄もあるのかな)
また、朝一番での駅前の一等地での演説は、前もって順番に関して候補者間で取り決めがあったらしく、1人で演説をしようとしても、あの大勢のスクラムの前では負けてしまいました。実際、ハンドマイク片手に近づいていくだけで、すぐ、担当者が飛んできて、もっと遠くで演説するようにと、おっぱわれるのが落ちでしたから。
私の選挙運動の4日間は、地元の駅前、商店街、それと大きな町のマンション群の間を演説して回ることが主でした。また、雨が降って、私のポスターはピンでとめてなかったため、雨、風ではがれていた所が多く、演説そっちのけで、地元の町だけでもとピンをとめてまわったりしていました。
大きな団地で演説を1人でやっていましたから、子供がまとわりついてうるさく感じるときもありましたが、聞いてくれてるのかどうかわからない大きなお墓のような?マンション群にしゃべり続けた後は、逆に気持ちがなごむこともありました。
さて、そんな具合で選挙活動も終え、開票のある月曜日は、いつものように会社に出勤しました。もちろん、気になっていたので、昼休み、女房に電話したら供託金を没収される500票以下ではないことがわかり、まず、ひと安心しました。
ただ、夕方、会社から帰る前に電話したら、落選らしい、と聞き、わかっていたもののやはり、少しがっかりしました。
結果的には、供託金没収の500票以上の1463票だったので、供託金(30万円)、およびポスター作成、運転手(インターネットで募集したバイトの人)代金、ガソリン代などの選挙費用は公費負担として戻ってきました。
他にかかった費用であるポスター貼り、車に設置したスピーカー代金、運転手の食事代、ハンドマイクなどのレンタル代、ビラ作成、配布代など2〜30万円の持ち出しは勉強代(兼お祭り代?)として、仕方ないでしょう。
なかでも車のスピーカ購入代金が10万円近くかかって、それが一番痛かった。
本当は2〜3ヶ月前から準備をやっていれば、レンタルで車ごと借りるようにできて、その費用も公費で負担できたのでしょうが、肝心のスピーカが1ヶ月前ではすべて予約済みでありませんでした。
(最初はオートバイにハンドマイクを積み込んで回ることを考えてたのですが、1ヶ月ほど前になってわかったのですが、バイクにハンドマイクなどをのっけて走るのは違反なのでした。)
反省として、やはり有給休暇3日間なんていう中途半端な選挙運動ではダメですね。やるなら、1週間まるまる、できれば会社を辞める覚悟で1ヶ月は必要でしょうね。
ただ1ヶ月の休暇は本当、もう会社を辞める覚悟でなくっちゃできないでしょうし、ちょっと、そこまでの勝算の自信はありませんでしたから。
まあ、とにかく選挙は終わり、いつものサラリーマン生活を繰り返しています。
そして、新たなオンブズマン的生活方法(?)を考えている、今日、このごろです。
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| 鈴木鑑定士の証言について(5月10日訴訟報告) | 土肥 尚子 |
そのお墨付きの中味が、この日に暴露されました。全体として言えば、不動産鑑定の手法は取られず、再開発組合の意向に沿った数字合わせが行われただけだったと言えます。
鈴木証言のうち、中の宮児童遊園についてと、評価時点の問題の二点について説明します。
2 中の宮児童遊園の評価について
中の宮児童遊園は一部は都道となり、一部は再開発ビルの敷地となりました。この敷地となった部分について、土地の形が良くない(不整形)という理由で、三割減価がなされていました。三割引き・五割引きがあたりまえなのは、商取引の世界です。不動産鑑定の世界では、直感ではなく、客観的基準が求められます。
不整形で減価するのであれば、蔭地割合(カゲチワリアイ)という数値がもとになります。不整形の土地の評価が低いのは、利用できない部分が出るからです。もっと端的に言えば建物が建てられない部分があるからです。その使えない部分の割合を蔭地割合と言います。
ところが、鈴木鑑定士は、この蔭地割合を出していないのです。どうやって30%という大幅減価をしたのか、と聞いても、回答できない。結局エイヤット掛け声だけでやってしまったということのようです。
不動産鑑定の手法にのっとって蔭地割合を出してみると、形は良くはないのですが、三方道路に囲まれており、蔭地はあまりありません。蔭地割合が15%以内であれば、減価無しというのが不動産鑑定の基準ですから、本件では減価しなくて良かったのです。
三割引が減価無しか、これで2億9000万円も違うのです。こんな太っ腹は許せませんよね。
3 従前資産を、わざと高く評価していることを認めました。
従前資産というのは、再開発前の土地や建物のことです。それに対し従後資産というのは再開発後のビルと敷地のことです。ですから春日町図書館も従後資産の一部です。
従後資産の評価は、従前資産の額に工事費などの事業費をプラスし、そこから補助金を引きます。つまり実際にかかった費用を従後資産の額とするわけで、市場価格ではありません。(従後資産=従前資産+事業費―補助金)
このうち、従前資産について、その評価時期を平成二年一月一〇日としたこと、それが再開発組合からの指示だったことを鈴木鑑定士は証言しました。平成二年と言えばまだまだバブル真っ盛りの時期です。従前資産だけをバブル期の高い水準で評価して、従後資産に上乗せしたというわけです。このために従後資産が必要以上に高くなっていることも鈴木鑑定士は認めました。
これにより、わざわざ高く評価されたものを、それを承知で練馬区が購入したことが明らかになったのです。「最小の経費で最大の効果を」という地方自治法上の原則はいったい何処へ行ったのでしょう。
| 連載:春日町再開発の『情報公開』詳述 〜文書非公開決定から異議申立ての経緯〜 |
鈴木 順子 |
| 連載3 練馬区公文書公開審査会の答申は、「非公開取り消し」! | |
1997年4月、私は一つの情報公開請求をしました。
同じ年の
1月に春日町図書館の取得額が余りに高いということで12名で住民監査請求を出しました。それに対し、練馬区監査委員は「請求に理由はない」という結果を出したのです。私たちが「どう考えても高すぎる」と思うのに、何故監査委員は妥当だと結論したのでしょうか。監査はどんなふうに行われたのでしょう?
それを調べてみようと、監査の行われた経過、それに伴って使った資料などを情報公開請求し、そのうち2つの文書が非公開となりました。理由は、「春日町再開発組合という第三者から出された文書で、これを公開すると、今後の監査が適正に行われない恐れがあるから」というものでした。
正当な理由もない非公開の決定に納得が行かなかったこと、また、春日町図書館がどうしてあれほど高い買い物になってしまったのかを解明することができるかもしれないと思って、
1997年6月に異議申し立てを出したのでした。その結果は、これから書くとおりです。
1997年4月7日に文書の情報公開をしてから早2年が経ちました。審査会事務局である練馬区情報公開課は、「答申はいつ頃?」という質問に、昨年(1998年)の晩秋頃には「年末には」、そして年が明けたら「年度末には」、年度末には「5月頃には」と回答、なかなか出ないのでまた延びるのではないかと危惧していましたが、どっこい!3度目の正直で、5月の末に答申が出され、その写しが送られてきました。
結果については、内心あまり期待はしていなかったのですが、これもどっこい! 何と、「非公開決定を取り消しなさい」という趣旨の答申でした。2年間頑張っていろいろ書面を出した甲斐があったな、さてさて、公開される文書にはどんな事が書いてあるのだろうか・・・・と大いに期待したのでした。
1週間後に送付されてきた公開文書には、おそらく春日町図書館の取得に関する細かいことが累々と述べられていて、不明だった経緯などもわかるのかしらん・・・・と思ったのもつかの間、「あれー?!」
はっきり言いますが、出てきた文書は、大したものではありませんでした。
これは公開決定が出された時点で予想されたことではありましたが、「この文書を見るのに、2年間もかかるのォ?」と、半ば呆れてしまいました。実際、審査会もこの答申に付帯意見として「第三者(春日町再開発組合のこと)から提出された文書で、たとえその第三者から『この文書は公開してくれるな』と言われても、これからは中身をよーく見てから、公開・非公開の判断をしなさいよ」という趣旨のことが書いてあります。
つまり、今回の非公開決定は、単に監査委員が「春日町再開発組合に出さないでと言われたんだから、絶対に出しちゃダメだ!」という理由だけで、中身もよく読まずに非公開決定したということだったのでしょう。
そのときの監査委員は、
田中保徳氏(元練馬区議会議員)
竹内智久氏(練馬区議会議員、現在も)
大橋静夫氏(練馬区議会議員、現在は区議ではありません)
でした。4名も監査委員がいながら、誰も文書の中身をよく読まずに再開発組合に言われるまま、「文書非公開」にしてしまったのでしょうか?
さらに今回の答申でわかったことは、監査委員に異議申し立てを出してから2ヶ月の間、この「異議申立て」は公文書公開審査会に諮問されず、土地開発公社ではないですが、監査委員の手の中で「塩漬け」にされていたという事実です。
しかし、今回の異議申し立て、マイナス面ばかりではありません。
監査請求に使った資料も情報公開できること、しかも、第三者から出された情報で、第三者から「公開しないように」という要請があっても、内容によっては情報公開されるのだ、ということが確認されました(当然といえば当然のことなのですが・・・・)。
2年をかけた異議申し立ては、こうして一応終わりました。
でも、あの文書で2年はちょっと長すぎる・・・・。
今後はこのようなことがないように、次に非公開決定が出された場合は、「恐れることはない、中身をよくごらんあれ!」と、実施機関に進言した方がいいかもしれませんね?!
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| 市民オンブズマン全国大会に参加して | 鈴木 順子 |
夏真っ盛りの7月31日(土)、8月1日(日)の両日、神奈川県横浜市で市民オンブズマン全国大会が開催されました。
今年のテーマは、いわゆる「塩漬け土地」問題。これは、土地開発公社が土地を自治体の依頼で先行取得したものの、その後利用の目途が経たず、銀行の利子ばかりが増え続けている土地の問題です。オンブズマン連絡会議では「塩漬け」の基準を5年以上としています。この「塩漬け」土地、全国で約3兆円分もある、と聞いて、ため息を付くのは私だけではないでしょう。
土地開発公社の問題は、その決算報告が議会で報告されはするものの議会の関与はそれだけで、実際の運営は住民の手の届かないところでなされていることが一つ。もう一つは、土地購入は銀行からお金を借りてなされるため、自治体が出来るだけ早く買い取らなければ利子が増える一方なのに、
・購入後に目的が失われた(春日町2丁目の空き地がそうですね)、
・財政難で施設建設に着手出来ない、
などの理由で、「塩漬け」されてしまっているということです。
いずれ自治体が買い取らなくてはならない、買い取らなければ公社が銀行に利子を払い続けなければならない、この隠れた「資産」(というべきなんでしょうか?)が密かに自治体財政を圧迫していると思うと、早急に解決の方法を考えなくてはならないと思います。
解決の方法として最も現実的なのは、バブルの頃の高金利から現在の低金利に「借り換え」をすること。これをするだけでも、随分違ってくるでしょう。
この土地開発公社の「塩漬け土地」問題は、住民の知らないところで進んでいます。この問題に積極的に取り組んでいる川崎のオンブズマンでは、「塩漬け土地、バスツアー」を行って、マスコミにアピールしたそうです。
今回の全国大会の提言にも、この問題が住民によくわかるよう、土地開発公社の土地には、購入年月日や価格、平米数、利息等を書いた看板を立てるように、ということが盛り込まれました。(面白い企画ですよね)
私は二日間参加し、土地開発公社の分科会、そして公共事業についての分科会に出てみましたが、まだ知らないことが多く、非常に参考になりました。各地のオンブズマンの方々と交流も出来、今後のウォッチャーズの活動にこれらのことを役立てていきたいなと感じている次第です。
来年、ご一緒に参加して下さる方、是非是非、お声をかけて下さい!(まだちょっと、早いかな・・・・?)
**************************************市民オンブズマン全国大会に出席して
初めて、全国市民オンブズマン大会に出席しました。出席されている人たちを見ると、かなり年配の人が多いな、という印象を受けました。(自分も年配の一歩手前?)
「どこの町にも市民オンブズマン」の分科会で、インターネットによる情報の共有に関して、お話を聞かせてください、とメイルでたのまれていたこともあり、オンブズマンネットワークのホームページやそこでのメイリングリストの紹介を行いました。
(このためにノートPCとPHS用のモデムカードも買っちゃいました)
ただ、そこの分科会でもやはり年配の方が多く、40名中、インターネットを使った経験のある方は2人だけでした。
(司会を行った弁護士さんと私は経験がありますから、あわせると4名で、10人に1人の全国平均にはなりますが...)
そういうこともあって、情報の共有化と言っても、まず、電話やFAXを使っての相談などがまず中心になりそうで、福岡を中心に交代で常駐の人を置くような、そんなセンター作りを行いたい、とのことでした。
(これからはインターネットによる情報の共有化やインターネットへの情報公開の要求もこれから重要になってくる、と思いますが)
昼休みの時に、ホームページなどのデモを行いましたが、5,6人の方が私のまわりに集まって、熱心に聞いて質問してくれ、関心が高いことは間違いありませんでした。
これからもコンピュータ屋の立場でインターネットの仕組みを利用した情報の共有化やもっと違った使い方を提案していこうと思っています。
今のところは、町で活躍されているオンブズマン団体の寄付を受け付けてくれるコーナーをもつ、オンブズネットニューズという「10円からの記事の配信システム」のホームページを立ち上げるつもりです。
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その他
練馬区のML(区長への手紙として、区民相談課に届けられる)に、以下のお願いを出しました。 (鈴木 順子)
さて、先日、本年7月22日付「区議会だより」の本会議での一般質問とその回答を読んでおりましたら、監査制度について質問が出ていましたので、区民としてお願いをしたいと思い、投稿をしました。
自由と未来の浅沼氏が、
「識見には、会計士、税理士等から」
「独立性・専門性確保のため外部監査制度導入準備を」
という趣旨のご発言をしており、岩波区長がそれに対して、「(浅沼氏のおっしゃった内容は)効果的行政執行につながると考える」とお答えになりました。
他区では既に識見に専門知識を有する会計士、税理士、弁護士などを登用しており、練馬区はその点で遅れを取っていたきらいもあります。
今回の区の「専門家を識見に」「外部監査導入準備もしていこう」という姿勢は、素晴らしいことだとおもいます。
そこでご提案ですが、監査制度をより公正に機能させるために、他区に先駆けて弁護士会・税理士会・公認会計士会・不動産鑑定士会等の「推薦名簿」を使って、監査委員及び外部監査委員を選ぶようにしては如何でしょうか。
これまで、監査委員は、議会の承認があるとは言え、区長の委嘱によって選ばれた人でした。いくら公正を声高におっしゃっても、なかなか納得されないのではなかったでしょうか。
これを、各専門家の会の推薦名簿からランダムに選ばれた人を監査委員とすることで、区長の委嘱であっても第三者的立場は貫かれるし、より偏らない判断が出せる可能性があるし、議会でも承認されやすいでしょう。
仮に識見に専門家を入れても、第三者的な立場が貫かれないなら、判断に偏りがあると見られても仕方ない場合もあるかと思います。
他区よりも一歩進んで推薦名簿を使うことは、それほど難しいことなのでしょうか?それとも、外部監査の大半が4大監査法人に取られそうだという風評を聞いたことがありますが、やはり練馬区も監査法人に依頼するのでしょうか。
しかし監査法人が企業に有利なように赤字隠しのお手伝いをしていたために、突然会社が倒産したり、国から税金で赤字補填をしたのでは?
新聞で読む限りでは、監査法人は大して頼りにならないのではないか、という気がしてなりません。
ですから、現在の監査委員の識見及び、外部監査人については、是非、推薦名簿をお使いになるよう、ご検討下さい。
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ウォッチャーズ第三回総会のお知らせ
日時: 1999年9月23日(木)祝日 午後2時から
場所: 練馬女性センター
内容: 会計報告、活動報告
その他、情報交換など
第12回弁論期日
場所: 東京地裁606号法廷
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久しぶりのニュース発行です。ページ構成を少し変えてみました。
「サラリーマンが立候補を考えるとき」は、ウォッチャーズの会員でもある方の選挙活動報告記です。内容等考えまして、署名なしとさせていただきました。
裁判の方も、不動産鑑定士の陳述が行われましたが、今後、練馬区再開発課の元課長の陳述もひかえております。「事実関係の解明がどうなされるのか?」ますます目が離せなくなりますね。
鈴木さんの連載も3回目になりました。冒頭、異議申立ての経緯を簡単に説明してもらいました。
また、7月末に行われました全国オンブズマン大会の感想、その他の情報として練馬区へのメーリング投稿など、この間の情報を掲載しました。詳しい内容、質問、情報交換などは、23日の総会の場で取り上げたいと思います。ウォッチャーズ通信についての感想、希望などもお寄せ下さい。 (中山)