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妻の映っている
少ないビデオ映像を集めて一本にまとめてみました
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ほとんど子供をとったものが主でしたから(^_^;):15分ぐらいで、撮影年は順不同です)
   
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妻が亡くなるまで(私のメール集)
入学式にて

厚木市立病院にて
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亡くなって3年目の墓前への報告: 2004年10月6日
おまえが亡くなってから、もう3年。子供たちも大きくなったよ。
息子はおまえの亡くなる前に約束してたとおり、希望の大学にはいって
先生になるのを目指して勉強しているし、娘も中学のとき代表に選ばれて、
オーストラリアの高校に海外派遣されたよ。
その娘も高校2年。でも最近あまり口をきいてくれなくなって
ちょっとさびしい。おまえみたいに技術を身につけて一人でも生きていかれる
ようにと思っているのだけど。
あー、そうそう、おまえが亡くなる前「お父さんのこともよろしくね」って言ってたけど、
そのおじいちゃんもおまえのあと、1年ぐらいして亡くなった。
おまえが言ってたように毎週お父さんの病院に通ったよ。
(おまえが入院するまでは毎週いっしょに通ってたよね)
ふー、ぼくも最近、老眼鏡が手放せなくなってね。
つくづくもう年なんだなって思う。
今日も電車でまわりを見てたら、目を細めて遠くを見てる人がいて、
あっ、同じ団塊の世代だ、って仲間を見つけ、妙にホッとしたりして...
あー、今の僕の夢は子供が独立したら、気ままにNGOの活動したり
海外にロングステイすることだ。でも「また、そんなお金にならないことを!」って
怒られそうだけどね (^_^;)
多難な年があけて (^_^;): 2006年1月1日
ホント去年は大変だったよ。(^_^;) 心筋梗塞でカテーテル手術したりしたからね。
会社も一部上場のIT企業に買収されるとの発表があり、今年もいろいろありそうだよ。(^_^;)
このごろ、もの忘れがひどくなってきてねー、川島先生の本の脳を鍛えるシリーズで、
自分自身の再生に備えているところだよ。(^_^;)
そう、娘は去年AO入試で美大に受かって映像演劇学科に行くことになった。
海外派遣に選ばれたときもそうだったけど、あーいう面接やパフォーマンスには
誰に似たのか、めっぽう強いようだね。(^_^;)
息子は当初の目的の社会の先生では生活できそうでないとのことで、(^_^;)
英文学専修にすすみ、塾のバイトをしながら英語の先生をめざしているよ。 |
美智子の生まれたころ、川村学園、杏林大学病院に勤めていた頃、そして家族旅行
などのフォト アルバムです。 |
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