市民が作る勝手連の精神 私の個人的意見です (^_^; 

 

 市民が作る勝手連の精神とは民主主義の基本精神にのっとって、お互い楽しんで、自分の好きな候補者を応援してい くことです。

 そのとき勝手連に参加した人たちに対してお互いに気をつけることは、ある意見を一方的に押し付けたり、ある行動に参加せざるを得ないようなお仕着せのような雰囲気にもっていかないように することでしょう。ひとりひとりの自主性や個性を尊重して、参加してて楽しい、と思える雰囲気をお互いが作りあげていくことだと思います。

 また、よくあることですが、役所に「こんなことをしたら法律違反になるのでは?」 などといろいろ聞くこともやめましょう。(^_^;

 と言うのも、役所の立場に立てばわかることなのですが、役所の人は常に間違ったことを教えないように、安全サイドのきびしくてめんどうで杓子定規なことしか言えません。 でも考えてみればわかりますが、その人の質問に「やっても大丈夫ですよ」と答えて、その通り実行して、万が一、選挙違反などでつかまれば回答した役所の人の責任になってしまいますから ね。
 特にインターネットなどのHPやメールなどのあまり裁判の前例のないケースに関しては、過去のメディア媒体の延長と見なして判断するしかありませんから、普通の感覚からすると非常に違和感のある変な判断をするケースがいろいろ出てきてしまいます。

 例えば、個人のブログやHPである候補者を応援したら選挙違反でつかまることがあるかもしれない、などということです。

 こんなときは、民主主義の基本精神に立ち返って、こんなことをしたら誰かを困らせたり、誰かの楽しむ権利を奪ったりしないか、常識で判断すればいいのです。

 また役所と同じように、議員の人たちにもすぐ頼ろうとしないことです。選挙の基本や選挙活動のノウハウを教えてもらうことはいいのですが、勝手連の正式メンバーにはいってもらったりするのはやめましょう。あくまで、アドバイザー的な立場にとどまってもらう方がいいでしょう。議員の方も市民の勝手連に加入して深入りするのは避けるようにしましょう。

 政治家が参加してしまうと、どうしても、その勝手連は単にその議員の政治活動の延長で将来の選挙活動のための道具に使われている、っていう印象を外部の人達に与えてしまいますからね。(^_^;

 そうそう、みなさん、決して選挙事務所の下請けみたいにならないようにすることです。

応援してもらいたい立候補者や政党も多分、そんなことは望んでいないと思いますよ。(^_^;

 また最近は立候補者があからさまに自分の選挙のためだけに作った勝手連が結構あります。ただ私たちの望むものは市民が主体で作る手作りの勝手連です。そんな市民が作る勝手連と政党や立候補者が作る勝手連の違いは何かと言うといかに楽しくお祭りに似た場を作れるか、ということではないでしょうか。

 さて話は変わりますが、最近、感じたことは民主党も随分、大人になってきたなー、と言うことです。 (^_^;

 自分たちの候補者が立てられない時は、市民がかつぎあげてきた候補者にのって、小我(自分たちの政党のメンツやプライド)を捨て、大我(より大きな社会の利益や今後の時代のあるべき方向)に立つゆとりができてきたのです。(その点、共産党はまだまだだなー(^_^;)

 そしてしっかり裏方や黒子に徹しきって、市民の活動をバックアップしていくことができるようになってきたのでは、と思えることです。(うーん、これは2大政党制のメリットなのかもしれないなー (^_^;)

 とにかく、市民の作る勝手連では、みんなの知恵を出し合って、大いに楽しんでやっていきましょう。(^_^;

 

民主主義の基本精神とは

 仕事でオーストラリアのアデレードに2か月ばかり滞在していたとき、
たまたま散歩していた小学校のプールの立て看板に目がいきました。

 その内容を読んで、何か、ガツンと頭を殴られたような衝撃を受け、
「あー、これが民主主義の基本精神なんだ」と合点がいったのでした。

 そこには、こう書かれてあったのです。

 

 あなたはこのプールで楽しむ権利があります。

でも他の人も楽しむ権利がありますから、
お互い、イヤな思いをしないよう、以下のことを守りましょう。

 

・プールのまわりを走り回らないこと

・飛び込まないこと

 ・・・・・・

 

 私は、ともすれば、規則や法律は、上から押し付けられるもの、という感覚でいたのですが、この民主主義の基本精神を知ったら、「なーんだ、民主主義の法律や規則って、お互いが楽しく生きていくための単に 決まりごとにすぎなかったんだ」と思えるようになって、妙に、気が楽になったのでした。(^_^;

 それにしても、こんな民主主義の基本精神を学校ではちゃんと教えてくれなかった気がするのです 。民主主義と言うと何かすぐ、「民主主義とは多数決で決めること」なんて、教えられたりしたのですが、それは単に民主主義の精神を守るために作り上げたひとつの方法にすぎないのです。選挙、法律。これらもいずれもよーく考えたら、この基本精神から出てきている方法論だったり約束ごとだったのでした。

  日本で規則や決まりを書いてある看板や生徒手帳にでも、ちょっとした民主主義の基本精神を書き添えるだけで、随分、その規則をとらえる気持ちも変わってくるような気がするのですが、いかがでしょうか? (と言うか、生徒手帳の校則の多くは、民主主義の精神からかけ離れてしまっているから、逆に不釣り合いってか?(^_^;)

 他にも草の根民主主義を実感したこと:これはアメリカで教えられたことです (^_^;