The Zeitgeist Movement ツァイガイスト運動の「目標」と「この世界の真実を認識し変わっていくこと」について

下記のURLの「目標」からの日本語化した文章から引用
http://www.thezeitgeistmovement.com/joomla/index.php?Itemid=610
 

目標

手段が結果だ:

私たちは、種としての根本的な必然と環境意識を、私たちが本当に誰なのか何なのか、どのように化学、自然、テクノロジー(宗教、政治、お金ではなく)が私たち個人の成長の鍵になるのか、一個人の人間としてではなく文明として、構造的とスピリチュアリティーの両方から、と言ったものを通じて、回復しようと計画しています。この意識の中心に位置する洞察は、自然法則の新興で共生的な要素の認知と、これらの理解を根底としての私たちの個人的で社会的な施設とどのように提携するか、地球の生命は継続的にポジティブな方向に成長するシステムでの繁栄が可能でそうなるはずであるし、ネガティブな社会的な影響は、例えば社会構造、戦争、偏見、エリート主義、犯罪活動は継続して減少し、理想では、結果的に人間行動範囲からは消滅するでしょう。

この可能性は、もちろん、多くの人が考慮するには難しいでしょうし、私たちは社会によって犯罪、腐敗、不正は「そのようなもの」で、いつでも虐待、傷つけたり人の弱みに付け込む人々がいると条件付けを受けています。宗教はこのプロパガンダの最大の促進者で、「私たちと彼ら」、または「善と悪」の思考がこの偽の想像を促進するのです。

現実には私たちは不足を生み出す社会に生きています。この不足の影響から人間は、欲しい物を手に入れるためなら卑怯な手段を使ったり盗みを働くことも含めた自己維持の行動に走ります。私たちの研究は、不足が人間の異常行動の最も根本的な原因の一つだとの結論に至っていて、また、他の意味では神経症の複合体を引き起こしています。薬物中毒の統計や、犯罪や投獄の統計を見てもと、貧困と不健康な社会情勢がそのような行動に走る人たちの人生経験を形成していることがわかります。

人間は善悪だけではなく…永遠に変わりゆく、人々が影響を受ける人生経験の構成を、人々は歩んでいます。1人の人間の「質」(もしそういったものがあるとして)は、彼らが条件付けを受けている信仰体系と躾けられ方に直接影響を受けています。

この単純な現実はひどく見落とされていて、今日の人々は、競争、欲望、腐敗は人間行動に「組み込み式」の要素として素朴に考えていて、それゆえ、刑務所や、警察や、社会がこれらの「傾向」に対応するために区分化された監視の階層を私たちは所有しなければなりません。これは全く非論理的で間違っています。

最低ラインでは根本的に物事を改善するために、あなたは根本的な原因を挙げることから始めなければなりません。私たちの現在の社会構造の「罰」は時代遅れで、非人道的で、非生産的です。連続殺人鬼が逮捕されると、多くの人たちは上下に飛び跳ねてその人の死を叫びます。これでは逆です。本当に正常な社会なら、私たちが誰であるかとか価値観がどのように作成されたのかを理解し、その人を使ってその人の暴力行動の背後にある理由を学ぼうとするでしょう。この情報は研究部門に送られて、そこで教育を通してそういった条件付けの発生防止を考慮されるでしょう。

パッチワークを止める時が来ました。現在の知識に更新された新しい社会的なアプローチを始める時間です。悲しいことに、今日の社会は、いまだに多くの部分が時代遅れの迷信的な処理や決議から成り立っています。

また、ユートピアや終わりが無いということも重要な点です。すべての証拠はすべてのレベルでの絶え間ない変化を示しています。そのため、私たちの個人的な日々の活動が、私たちの社会構造を形成して永続的にしています。しかし、逆説的に、私たちの環境的な影響もまた私たちの観点や世界観に影響を及ぼしています。それゆえ、本当の変化はあなたの個人的な理解や判断力を調整するだけでは起きず、しかしこれらの理解や判断力に影響を及ぼす社会構造をも同様に変える必要があります。

エリートの権力構造は長い目で見れば伝統的な抗議活動や政治的な運動から幾ばくかの影響を受けます。私たちはこれらの「体制反乱」やもっと強力な道具を使って、それらよりも前進しなければなりません:私たちは現体系の支持を止めて、継続的に知識、平和、調和や慈悲を主張します。私たちは「体系と争う」ことは出来ません。嫌悪、憤怒、「戦争」といったメンタリティーは変化への失敗した手段で、それらは、確立した権力構造を監視下に置くことを始めるために腐敗が使用しているのと同様の道具を継続しているのに他なりません。

歪みや麻痺:

私たちが全ての体系は新興で継続的に進化の状況にあると理解していて、私たち全てが共生的に自然やお互いと最も単純でも深い形、個人的な潔白さは社会の潔癖さと同様に高い状態だと認識を強要されながらも結びついている現実にあるとき、私たちの社会設定はどのように歪んでいて退歩しているかや、どのようにそれらの継続が社会における社会不安の原因の多くになっているかを私たちは見て取れます。例えば、刺激や前進を促すとの主張から、金融制度は社会の肯定的な勢いだと長い間考えられています。実際には、金融制度は区分と全体主義的な管理の動力になっています。

これは究極の「分化と攻略」の形で、最も核となる過程は、(1)私たちは生存のために互いに争わなければならない。(2)人間はこの「刺激」報酬のために意味を成すことなら何でもしなければならない。

第一の(私たちは生存のために互いに争わねばならない)について、社会の各層での腐敗を保障するこの「競争」の特徴で、その基盤は「私たち対彼ら」です。多くが「自由市場システム」は良いと反論します…しかし悪政策、贔屓主義、救済措置、などにより、今日では腐敗しています。もし「純粋は」自由市場の繁栄が許可されたなら、それで充分だと彼らは考えます。これは誤りで、あなたが今日探しているのは、すべての上で長所と腐敗の区別の無く機能している自由市場です。インサイダー取引、談合、独占、労働者虐待、公害、計画的退化、のようなものを法律では絶対に止めさせることはできません…これは競争を基盤とした制度が間違いなく生産するもので、その基礎には利益のために他人を利用するkとが前提となっています。以上。

私たちはこれらの過酷な理念から抜け出すことから始めて、生存のために争うの必要の無い…人間を援助するために「デザインされた」制度へと移動しなければなりません。第二の(人間はこの「刺激」報酬のために意味を成すことなら何でもしなければならない)は、これは一般的に人間の、悲しくてひどく否定的な見方です。人は「構造的に動機づけられて」いなくてはならなくて、それゆえ「強制されて」何で行うと想定すると、馬鹿げています。あなたの子供の頃、お金が何を意味するのかも知らなかった頃を思い返してみてください。あなたは遊んでいて、好奇心旺盛で、多くのことを行っていました。なぜでしょう?なぜなら、あなたはそう欲したからです。しかし、私たちのシステムに時が流れるにつれて自然な好奇心や自発心は人々から奪われてしまったので、生存のために、専門化され、区分化され、ほとんど定義済みの労働制度に彼らは準拠するよう強要されました。これは、強制された義務により自然な反抗をよく生み出し、それで私たちは「レジャー」と「仕事」の区別を思いつきました。怠惰は金融制度の提案者(刺激を生産すると唱える人たち)によって存在すると思われていますが、彼らはこれを認識していません。本当の社会では、人々は自然な傾向に従うでしょうし、「支払われる」ために仕事をして社会貢献をするわけではなく、社会貢献は他人だけではなくて彼ら自身をも助けるという大きな意識を持ち合わせているからです。これは私たちが伝えたいと願っている強調された状態です。あなたの社会貢献の報酬は社会自体を良い状態に保つことで、そして、あなた自身を良い状態を促進することでもあります。

さて、物事を視点に入れるとして、私たちの世界は現在、否定不可能なことに、ビジネスと融資ー社会で最も支配的なこれらの機関の高い地位にある極少数の支配的な人々によって運営されています。政府の樹立は企業と銀行の影響と力とタンデムになっています。生命の源はお金で、事実は、それは社会との関連は少ない幻想で、エリート主義、犯罪、戦争、社会階層を保障する社会団体のようなものと繋がって操作や区別の道具として供給されています。

同時に、「正しい」状態は彼らの人間としての価値を生み出すと個人は教えられています。この状況の「正しい」状態は社会自身の広く支持される価値と直接関係しています。よって、それらの社会的視点を受け入れ支持する人たちは「正常」だと見なされるのに対して、反対する人々は「異常」または「破壊分子」だと認識されます。ドグマかユニークな社会伝統であれ、世界的な宗教樹立を伴った提携であれ、基盤にあるものは同じです:知的物質主義です。

知識と私たちの機関は常に進化していると私たちは認識するにつれて、どんな信念形態であれ、すべてを「知っている」と言いつつ議論を許可しないのは、間違った観点だと私たちには見えます。信仰の基盤である宗教は、この歪曲の王様で、最も複雑で捕らえどころの無い人類の起源について決定的なことを知っていると主張して、これは単に徐々に現れている宇宙では不可能なことです。平等は権力構造の樹立と同じくらい危険なことだと理解できるとよく言われて、そしてこれらの形態に静的な理解を完全に受け入れるよう条件付けを受けた人々がいます…そのためこうなります:「現状の自己任命保護者。」これは、どの形態にも適用でき、特に、政治、金融と宗教の形態に当てはまります。人々のアイデンティティは国、宗教、ビジネス倫理、のような教義と結びつき、その人に課されたイデオロギーとその人のアイデンティティが結合しているので、しばしば変化させるのはとても難しいものになります。

それゆえ、彼らにとっては、個人的な潔白さを保持する単純な理由から、彼らは機関の教義を継続します。

個人としてだけではなく社会としても私たちの成長を麻痺させるので、私たちはこのサイクルを壊さなければいけません。



真実と移行(この世界の真実を認識し変わっていくこと)

私たち個人の整合性が地球、生命、他の人々すべての整合性に直接関わっていると私たちがいったん認識したなら、私たちにとって定義済みの道を歩むことになるでしょう。そして、私たちが科学、テクノロジー、それに人間の創造力が私たちの生活の前進を創造していると理解したなら、私たちの本当の優先事項は社会と個人的成長と前進のためだと認識できます。これらのポイントは示されていて、宗教、政治、金銭/競争を基にした労働システムは、すでに指摘されていて大きくなりすぎた社会運用の時代遅れの様式です。私たちの行っているのは、教育が繁栄するにつれて迷信は自ら消えることを許しつつ、金銭や政治無しで運営する社会形態を達成することです。誰一人としてすべてを完全に理解してるわけではないので、それはある人が信じていることを他の人に何を信じるかを伝える権利ではありません。しかし、もし私たちが生命の自然な経過に注意を払ったなら、どのように私たちが提携できるかが見えて、私たちの道もより鮮明になるでしょう。

例として、多くの人がこの惑星の人口増加について懸念していて、ヘンリー・キッシンジャーが主張する何がしかの「削減」が必要であるといったような独裁的な人物によるとても気味の悪いコメントがあります。これは、もちろん、とても不気味です。しかし、本当の質問は残ります:人口増加はそんなに悪いのでしょうか?答えは科学的な観点からでは、高度なテクノロジーが活用できれば、地球はより多くの、現在の何倍もの人々を必要なら待遇できます。私たちの惑星の70%は水で、海の中の都市(ジャック・フレスコによる多くの企画の一つ)は次のステップです。次に、人生運営についての教育で、彼らの生殖への興味の分岐を人々に吹き込むことで、人々はどのように彼らが惑星とその包容能力に関わっているのかを認識して人口増加は自然に遅くなります。

事実、唯一の真の世界に存在可能な「政府」は地球と資源です。そこから、すべての可能性は割り当てられます。このために全国の知的統一が必要とされて、それは最も重要な情報が私たちが種として持つ、完全で高度に詳細な私たちがこの惑星に持っているものの査定です。ちょうどあなたが土地や1エーカーの土地の資源を見て、どのようにするとか何を育てるのかというように、これは、資源に賢明であるために、種として私たちに何が可能なのかを最適化するのに惑星に何が起きるのが必要かということです。

もちろん、上記に提示されたアイデアを検討する多くの人はこう聞きます:「どのように私たちは現在運営されている歪んだ価値形態について検討できますか?どのように私たちは移動や移行をするのですか?」これは、もちろん、最も難しい質問です。回答:私たちは何処かから始めなければいけません。多くの物事が、一個人やコミュニティによってこのビジョンを形にし始めることが出来ます。一番重要なステップは教育です。

2009年3月15日は、(または2008年には「ZDAY」として呼ばれていた)この社会的な導きへの意識を広める世界規模の活動日です。私たちの願いは、出来る限りの国、州、都市での地域会合を開きたいと思っています。私たちは、ここTheyeitgeistmovement.comにて、私たちが出来るだけの各言語での資料の供給のために従事し、それぞれの副グループに出来る限りの支援をします。私たちは絶対に金銭を要求したりしません。私たちがここにいるのは援助をするためで、私たちは一つの中心的な真実は非常に長い間忘れ去られていたと理解しています:与えれば、より多くを受け取る。

あなたの援助に感謝します。
 

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