本当にあんな「オーラの泉」で言うような前世や守護霊、そしてオーラなど見えるものだろうか?
そこに論理的な根拠や理解を見い出せるものだろうか? 実際、最近の科学でも人間の認知できるのは、宇宙の全質量の4%にすぎない、ってことはわかっているのだけれど.....(^_^;)
少なくとも私自身はかたくなな科学万能主義から脱却しつつも、私もふくめて一般の人にも理解できるような論理的なアプローチをめざして、このスピリチャリズムを私自身も理解できるようになればな、と思っています。(^_^;)(私の導師によれば、私は自分を律して学ぼうと意欲をもつ中級霊にもまだまだなれない低級霊とのことですのであまり信用できないことを書いてると思います
。ですので私の勝手な思い込みもあるかと思いますので、注意しながら読んでくださいね.. (^_^;))
なおもしかしてそういう世界があるのではと思っても、私自身もそうですが、一般の科学技術者や医療関係者はなおさら科学的に説明できないことを「あるらしい」と認める
ことはカッコ悪いという思いが強くて、なかなかカミングアウトしにくいですよね。(^_^;)
ただよく考えてみると科学的に真実だと大方の科学者が認めている重力場などの存在も単にそう仮定することによっていろんなことが合理的に説明できる、と言う理論的な仮定を元にした推測にすぎず、その実体は何かはまだ解明されていないのです。そういう考えからするとスピリチャリズムの唱える世界ももっと柔軟に
まず仮説として認めて論理的に理解していっていいような気もしていますが...(^_^;)
またそうして一歩でも実際に踏み込んで、その世界を理解しようとしていかないと、一生、わからずじまいで終わるのもわかっていますから。この究極の生命体としての神を開発するサイト(^_^;)でフリーマンダイソン博士が「宗教の見方の大切さ」を書いてるように...
ただ、かと言って、スピリチャリズムを「頭から盲信して幸せになれるんだったらいいじゃない」って言う態度には反対です。それだと、苦しみから逃れるため、ただ
神だと信じこみ、依存してしまうことで本来の自分のとるべき判断の責任を神やカリスマのせいにするという、自分への責任放棄であり、悪くするとかつてのオーム真理教と同じ結果になってしまいますから。
香山リカさんの「スピリチャルにハマる人、ハマらない人」でもその点は鋭く突いてましたね。
その意味では、安易なスピリチャリズムへの依存は本当の意味での心の成長につながらないのかも知れませんよ (^_^;)
なお低級霊の私は「神」と言うとなんか人間の延長のような人格として考えがちなので、「神」とは「心も含めた自然法則」と言い換えて考えています。「霊」とか「魂」というのもなるべく「心」という風にとらえるようにしています。心の反対の物も実は表裏一体のもので、お互い影響しあいながらこの世にあらわれてきているの
ではと考えています。
なおこの本によると、この世界では心と物の他に「力」(場みたいなもの?)の3要素で成り立っているとのこと。この本自体、科学者的な立場から論理的に質問してその回答が書かれており、私的にはご推薦
かな? (^_^;)